2013/02/26
川端作品発見に思う芸術の運命
▼プラハ出身のドイツ語作家・カフカは、遺書に「未発表の小説は全て焼却するように」と書き残したが、その遺稿は死後、友人のマックス・ブロートによって発表された。作家の本意ではなかっただろうが、この友人のおかげで、われわれはいま、カフカの重要な作品群に親しむことができる
▼ノーベル賞作家・川端康成の最初期の作品が確認されたという先日のニュースに、川端の場合、本人が生きていればどう言うだろうかと考えた。研究者の間でもほとんど知られていなかったこの作品は、1927年に福岡日日新聞(現・西日本新聞)に連載された「美しい!」という短編。新聞連載小説でありながら忘れられていたとは、なおさら驚きを禁じ得ない
▼ある実業家を主人公に、障害のある幼い息子と足の不自由な少女との交流と死を描き、川端作品の特徴でもある「孤独感」「弱者への視点」などが表現されているという。川端は生涯をかけて「美しさ」とは何かを追求し続けた作家だが、この作品は題名からして若々しく、みずみずしい気概を感じさせる。当時の作品の題名としては相当斬新で、野心的ないし挑戦的とも専門家は評している
▼29年3月に雑誌に発表された「美しき墓」と類似する点が多く、同作品はこの「美しい!」を基に書き直された可能性が高いというが、自筆年譜にも記載されていない全集未収録作品というから、謎は残る。理由はともかく、作家本人が忘れたかった、あるいはそのほうが好都合と考えたのかもしれない。芸術作品の不思議な運命を感じさせられる今回の発見だった。