コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2024/06/12

カフカ没後100年

▼人間存在の不条理を浮き彫りにする作品で世界文学に影響を与え続ける、チェコ出身の作家フランツ・カフカが、6月3日で没後100年を迎えた。カフカが当時感じた不安が現代社会に漂っていることもあり、関連書の刊行や企画展の開催などが相次いでいる
▼カフカの数ある作品の中で最も知られるのは、やはり『変身』だろう。ある朝、目覚めると、自分が巨大な虫になっていたという冒頭のくだりは良く知られる。第1次世界大戦の最中の1915年に出版され、他者との関係の中で、人間が抱える孤独と不安を感じさせる名作として名高い
▼ただし、そのくだりは訳者や時代によって微妙に異なる。新潮文庫の高橋義孝訳は〈ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した〉
▼岩波文庫の山下肇訳では〈グレゴール・ザムザはある朝、なにやら胸騒ぐ夢がつづいて目覚めると、ベッドの中の自分が一匹のばかでかい毒虫に変わっていることに気がついた〉
▼比較的新しい池内紀訳では〈ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた〉となっている
▼ザムザが変身した姿について、高橋義孝訳の「毒蟲(どくむし)」が定着し、69年の改訳で「虫」となった。虫は虫でも「途方もない虫」とか「ばかでかい虫」とか「化け物じみた図体(ずうたい)の虫けら」などの訳があり、作家の多和田葉子さん訳では原語をカタカナにして、「生け贄(にえ)にできないほど汚れた動物或いは虫」とされた
▼多和田さんは「『変身』を現代の視点から読めば、主人公のザムザは高齢化社会で家族から介護される存在になった人間と見ることもでき、介護される側から家族を眺め、自分の身体を捉え直している」と解釈する
▼畢竟(ひっきょう)、自分とは何か、変わるとは何かを、カフカは読者に問いかけた。冒頭の様々な訳文からは、誰もが自由な想像を巡らせることができる。

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