2024/01/23
世界文化遺産30年
▼日本初の世界文化遺産として、法隆寺(奈良県)と姫路城(兵庫県)が登録されてから先月11日で30年となった。当時は日本初の登録ということで、吉報として盛り上がった記憶もあるが、あれから30年が経ったかと思うと、さまざまな感慨が湧く。世界遺産は、いまやユネスコ(国連教育科学文化機関)の看板施策となった
▼世界遺産条約の採択は1972年で、日本の締結は20年後の92年。法隆寺と姫路城が自然遺産の屋久島や白神山地とともに登録されたのが93年であることを考え合わせると、登録までに20年余の時間を要した。日本の参加に時間がかかった理由は諸説あるが、国内にはすでに精緻な文化財保護制度が確立し、海外の制度に頼るまでもなかったからとも言われる
▼92年の条約締結までは、世界遺産の知名度や社会的な関心も、いまでは想像もつかないほど低かったようだ。それが、地域経済の活性化や観光資源になるとの認識が増すにつれて人気が上がり、いまでは登録の可否に関係者ならずとも一喜一憂するほどになった
▼そもそも国内の文化財保護制度は、古くは明治維新から間もない古器旧物保存方(1871年)にさかのぼり、以後、古社寺保存法(97年)、史蹟名勝天然記念物保存法(1919年)と、内容も充実の度を増し、現在の文化財保護法(50年)に至っている。日本の文化財保護制度と世界遺産条約では成り立ちが違うとも言える
▼しかし、国内初の登録から30年の歳月を経て、現在ではユネスコと日本の保護システムがうまく結びつき、人類の遺産を守る保護システムとして両者がセットで語られることも珍しくない
▼国内の世界文化遺産は現在、「古都京都の文化財」「白川郷・五箇山の合掌造り集落」「原爆ドーム」「富士山」など20件に上り、多くの自治体や地域が将来の仲間入りを目指している。さらに、先の能登半島地震による被害が心配ではあるが、今年は「佐渡島(さど)の金山」の登録がユネスコ世界遺産委員会で審議される見通しだ。