2023/06/15
世界の記憶に円珍文書
▼平安時代の僧・円珍(814~891年)といえば、ほぼ同時代に生きた円仁(794~864年)と並んで、唐に渡り仏法を学んだ高僧として教科書などに記されていたと記憶する。円仁は三代天台座主で慈覚大師、円珍は五代天台座主で智証大師と呼ばれる
▼後者の円珍ゆかりの資料群がこのほど、ユネスコの「世界の記憶」に登録された。名称は「智証大師円珍関連文書典籍―日本・中国の文化交流史―」(円珍文書)。登録数は56件に及び、いずれも国宝。園城寺と東京国立博物館が所有している
▼この円珍文書には、円珍が唐から持ち帰った経典や仏画をはじめ、当時の唐の制度を伝える文書の原本などが含まれる
▼とくに現代のパスポートの起源の一つとされる、唐の役所から発給された通行許可証「過所」は、唐代の書式例を完全な形で伝える世界で唯一現存する史料。出願者や従者の身分、姓名、年齢、携行品、旅行の目的・理由などが記され、日本と中国の文化交流の歴史や唐の交通制度などを知ることができる
▼円珍は853年に遣唐使として入唐を試みたが、途中で暴風に遭って台湾に漂着し、同年8月に福州の連江県に上陸。以後、天台山国清寺に滞在しながら求法に専念し、855年に長安に入り、真言密教を伝授された。帰国したのは858年と伝えられる
▼何といっても喜ばしいのは、円珍がそれこそ命がけで持ち帰り、さらに先人たちが懸命に後世に伝えてきた文書が世界に認められたことだ。園城寺の福家俊彦長吏も会見で語ったように、源平の合戦や南北朝の動乱など争乱の兵火を乗り越え、1100年、ずっと守られてきたことは奇跡的としか言いようがない
▼日本関連の「世界の記憶」(国際登録)は2017年以来で、8件目となる
▼現在の日中関係は何かと波風が立ちやすい情勢だが、古代の活発な交流を知ることは今日的な意味も大きい。登録を契機に、円珍が伝えた仏教の精神に触れ、その価値を世界に発信していくことが、先人の功績に報いることにもなる。