2021/03/30
今様に甦る作家の傑作
▼先日、最寄りの大型書店を覗いていると、学生時代に読んだ40年ほど前の小説が2冊、ペーパーバック仕様の叢書となって書棚に並んでいた。いずれも名作の誉れ高い作品だが、今の時代にどうしたことかと少々驚いた。再び光が当たるのはうれしい半面、その簡易な造本に多少の違和感も覚えた
▼1冊は和田芳恵の『暗い流れ』、もう1冊は野口冨士男の『なぎの葉考』。今も自宅書庫にある2冊だが、いかにも純文学然とした化粧箱入りだ
▼刊行当初の版が手元にあるのだから、ことさらペーパーバックの新装版を買う必要もあるまいと、手に取って眺めるだけで書店を出た
▼和田、野口両氏とも昭和の大作家だが、それでも今、その名を知る人はそう多くないだろう。和田芳恵など当時でも女性作家だと思っていた人がいたほどだし、野口冨士男も派手な作家とは言えない。とはいえ、『暗い流れ』は日本文学大賞、『なぎの葉考』は川端康成文学賞の受賞作だ
▼書店で目にしたペーパーバックの叢書は「P+D BOOKS」と銘打たれ、大手出版社から刊行されていた。奥付付近には小さく「ペーパーバック&デジタルの略称」と説明されている
▼出版社のサイトを見てみると、「絶やすな。昭和文学の火を。」というキャッチコピーのもと、錚々たる昭和の大作家たちの代表作を手軽に読んでもらう目的で、今では手に入りにくいが後世に残すべき価値ある作品を逐次刊行。本もデジタル版も同時期、同価格で刊行、配信するという
▼「デジタルの手軽さを生かしお好きな時間、場所でお読みいただいたり、じっくりとお時間を取り、自分本位の読書スタイルで熟読いただいたり」とあり、さらに「ペーパーバック書籍は書店でご注文いただくか、ネット書店での販売になる」との注意書きも
▼多様性の時代に紙とデジタルを両立させんとする、まさに今様の企画ではある。重い内容の本を軽い仕様で読ませる。まあ、それも悪くなかろうと、少々複雑な思いで自分自身に言い聞かせてみる。