2021/01/21
今の世に支持される「坊ちゃん」
▼あるアンケートによれば、「国民作家といえば」の問いで支持率1位を獲得したのは、夏目漱石だった。支持率が68%で、2位以下の芥川龍之介(60%)を引き離し、根強い人気を示した。まずは順当な結果と誰もが思うだろう
▼さらに「漱石で今こそ読みたい作品は」との問いでは「坊ちゃん」が1位となった。「吾輩は猫である」や「こころ」あたりの作品と並んで、それも十分納得がいく。事実、この3作の支持率は拮抗していた
▼「坊ちゃん」支持者の声には「この鬱屈した世の中で、坊ちゃんと一緒に憤慨したり、清にあきれられたり、楽しめた」「明治文学にしては珍しくスカッとした。こういうご時世だから、そういうものが読みたい」など、昨今の世相を反映したものも多かったようだ
▼「坊ちゃん」は、勧善懲悪とも言える世界観が全面に出た作品だ。「親譲りの無鉄砲」で「江戸っ子」の「おれ」が、東京の物理学校(現・東京理科大)を卒業した後、数学教師として赴任した四国の中学校で、陰湿な赤シャツ教頭らと対決する
▼そんな「おれ」を「坊ちゃん」として唯一可愛がってくれたのが、先の支持者の声にもあった「下女」の「清」である。何ともほろりとさせる存在として、「清」がこの物語で〝肝〟になっている
▼「清」は作中では「婆さん」などと、まるで老婆のように形容されているが、当時の日本人の平均寿命(45歳前後)からすれば、おそらく30代後半から40歳ぐらいと推察される。この歳で老婆とは、長寿社会の現代では当時の年齢感に驚かされる
▼作品の末尾では、赴任から東京へ戻った「坊ちゃん」が「清」と、彼女が死ぬまで共に暮らしたことが記される。しかし、その期間はおそらく4か月程度。それが二人にとって幸福で濃密な時間だったことは行間からも容易に想像できる。私たちを取り巻くコロナ禍の閉塞感漂う現状にあっては、この二人の仲睦まじい、少々不思議とさえ思える関係に、人と人とのつながりというものをつくづく考えさせられる。