コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2020/11/04

ノーベル賞の米女性詩人

▼今年のノーベルウイークは例年になく静かに過ぎた感がある。やはり自国から受賞者が出ると出ないとでは大違いで、残念ながら日本人受賞の知らせはもたらされなかった。受賞を期待する人たちのため息もあちこちで広がったに違いない
▼数あるノーベル賞のカテゴリの中でも、文学賞は他分野とは若干違う色合いがある。受賞者が出れば、おそらくは大多数の国民がその名を知る人物に違いなく、そうなれば、多くの人が短期間のうちに作品に触れることができる。それだけに他のカテゴリより身近な賞とも言える
▼ここ10年以上下馬評にあがる村上春樹氏をはじめ、ドイツ在住の多和田葉子氏も候補に挙がっていたが、蓋を開けてみれば、日本で無名に近い米国の詩人ルイーズ・グリュック氏だった。日本ではほとんど翻訳のない詩人だというから、この受賞が大きな驚きで迎えられたのも無理はない。現代アメリカを代表する詩人と知って、世界の広さを改めて痛感させられた
▼そもそも欧米では詩人の地位が日本人には想像できないほど高い。それこそホメロスの叙事詩、古代ギリシャの女性詩人サッフォー以来、西洋では2000年を超える詩の歴史があり、これに対して小説は、18世紀以降に盛んになったジャンル。ノベル(小説)の語源は「新奇性」だそうで、一方、西洋で文学と言えば詩を指すと言っていい時代が長かった
▼グリュック氏の詩は「告白詩」と呼ばれる、自らの体験を赤裸々に語るアメリカ女性詩の系譜を継ぐものでありながら、抑制の利いた静かな作風という。10代で拒食症になり、20代になるまで治療を受けるという辛い体験をしながらも、そうした苦しさを声高でなく、メタファーとして草木などになぞらえ、誰にでも理解できる言葉でうたう。その内容は深く、死と蘇りがテーマの作品も多いそうだ
▼コロナ禍で制約の多い不自由な生活を強いられる今だからこそ、グリュック氏の受賞は大きな意味を持つものに思われる。一日も早くその作品の本格的な翻訳が待たれる。

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