2017/09/05
実像に近づく熊楠像
▼その業績があまりに膨大で多岐にわたるため、「巨人」とも言うべき規格外の人物が存在する。生誕150年を迎えた博物学者・南方熊楠はその一人だ。一般的には粘菌研究で最も知られているが、博物学、生物学、民俗学と様々な分野に精通し、全貌はいまだ解明されていない。近年ようやく基礎資料の整理が進み、より実像に近い熊楠像が見えてきた
▼和歌山県の出身で、同県田辺市で後半生を過ごしたが、これまではその業績以上に、その豪放磊落で融通無碍な性格や言動から奇人・変人として語られることが多かった。「18か国語を話した」「キューバ独立戦争に参加し負傷した」など〝伝説〟にも事欠かず、後世に数々の逸話を残している
▼そうした超人・奇人的側面を強調した書籍は多いが、学術上の成果はあまり検証が進んでいなかった。飼い猫の目を通して熊楠の業績と魅力を描く水木しげる著『猫楠』などはさしずめ、この巨人を概観する上で格好の入門書と言えるだろう。島国根性からは程遠いスケールとその破天荒な人間的魅力は、同書でも見事に活写されている
▼学生生活の後に渡欧し、大英博物館で研究を重ね、国内外で大学者として知られたが、生涯を在野で過ごした。科学雑誌「ネイチャー」など一部の海外雑誌にしか研究発表を行わなかったことも、その研究が顧みられなかった原因と言われる
▼全貌解明への転機は、熊楠が自宅に保管していた2万5000点以上の蔵書や標本などの目録が2004年と05年に刊行され、基礎研究の環境が整ったことによる。今後は目録を頼りに、現実の熊楠像に近づける可能性が高まってきた
▼書斎や那智山中にこもっていそしんだ研究は、一つの分野に関連のあるすべての学問を知ろうとした結果蓄積された膨大な業績であり、さながら曼荼羅にも似た知識の網のようだ。知識が量の多さではなく自らの血肉と化している点でも、ネット社会にどっぷりつかる我々が学ぶべき点は多い。知れば知るほど、この在野の巨人に圧倒される。