コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2016/06/27

若冲ブームに投じる一石

▼「奇想の画家」として知られる江戸中期の絵師・伊藤若冲(1716~1800)。最近あちこちでその名を見かけるようになり、「若冲ブーム」は頂点を迎えている。先月24日まで東京・上野の都美術館で開かれていた生誕300年の回顧展も連日長蛇の列だったという
▼若冲は花鳥画や水墨画を手がけ、モザイク風の描写や独自技法の版画にも挑んだ。写実と想像を巧みに融合したその作風は、われわれ現代人の目にも鮮烈だ。写実画とは言い難い独特の色彩や形態には抗いがたい魅力がある。濃彩で精緻な作品がディスプレーに映えることから、若い世代に古美術としてではなく「いま」の画像として受け入れられたと、専門家は分析する
▼若冲は円山応挙と並び称される絵師だったが、20世紀にはなかば忘れられていた。再評価され始めたのは1960年代後半で、一般の美術ファンに知られるきっかけは2000年に京都で開かれた「没後200年 若冲」展だという。筆者も10年に千葉市美術館で開かれた「伊藤若冲 アナザーワールド」を観る機会があったが、そのとき感じた鮮烈な印象はいまも記憶に鮮明だ
▼若冲といえば、やはり濃彩の花鳥画。そして真っ先に思い浮かぶのが鶏の絵(群鶏図)だ。筆者も実際にこの作品を観て、超絶としか言いようのない技巧にうなったものだが、くしくもここに異論を唱える者がいる。昨今の若冲ブームに水を差すつもりはないが、かの文豪、夏目漱石は随筆『硝子戸の中』(1915年)で「私はまた(若冲の)あの鶏の図が頗る気に入らなかった」と書いている
▼漱石ほどの知識人にして審美眼の持ち主にそう言われると、筆者ごときあまのじゃくは、それはそれで妙に説得力を感じてしまう。考えてみれば漱石の生きた時代、若冲はなかば忘れられていた存在だったはずではないか。にもかかわらず、その名を挙げてこうしたコメントまで残している漱石の批評は無視できない。何事もブームに流されず冷静さを持て、と諭されている気がする。

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