コラム「復・建|日刊紙 日刊建設タイムズ

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2015/02/23

「八犬伝」史実と創作のあわい

▼江戸時代の戯作者・曲亭馬琴(滝沢馬琴)の『南総里見八犬伝』は、千葉県ゆかりの長編伝奇小説として名高い。以前その主舞台である安房地域を巡ったとき、史実とフィクションの間で不思議な気分に陥った
▼南房総市の富山(とみさん)は八犬伝世界の聖地だが、この山腹に、安房の領主・里見義実の娘、伏姫(ふせひめ)と愛犬・八房(やつふさ)が籠ったとされる岩窟「伏姫籠穴」が今もある。物語では、八房との不思議な因縁から伏姫がこの山で自害し、数珠から飛び散った八つの玉が八犬士を生む
▼籠穴は、八犬伝にちなんだ観光宣伝に資するものではあろうが、いつからあるものか。暗く小さな籠穴の中に白い玉と、「仁義礼智忠信孝悌」と書かれた八犬士の玉が置かれているのはいささかご愛嬌としても、1814年の刊行当時から人気を博した作品だというから、あるいは江戸期からの観光スポットかもしれない
▼現地の説明板に「物語に書かれた空想の世界と、現実のはざまに立つ時、籠穴は私たちに何を語りかけようとしているのか」とあるから、筆者に限らず、ここを訪れた人の多くが不思議を感じるのだろう。確かに観光スポットでは片づけられない、神秘的で幻想的な雰囲気が漂う。いつの頃か本当に伏姫と八房が籠っていたような……
▼籠穴には伏姫のこんな泣かせる口上も掲げられている。「この世で子どもたちの顔を見ることや、共に暮らすことは叶いませんでした。しかし、役を終えた子どもたちは、私と八房が眠るこの籠穴に集い、終生見守ってくれたのでございます」「ほこらに置かれた白い珠は、私と八房と八人の子供たちの〝心〟と思し召し下さい。私たちは、国の安泰と自然と人の営みと、そして皆様の幸福を、いつの時代も永久に、この籠穴でお守りしております」
▼創作当時、作者馬琴の身の上には、妻や子の死、自身の失明、世情不安など様々な労苦が降りかかっていた。そうした作者の境遇に思いを馳せるとき、八犬伝の根底に流れる理法は、おのずと先の伏姫の口上につながるように思える。

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