2014/12/08
あらわなる恋
▼ラブレターとは本来、書き手とそれを受け取る者の二人の目にだけ触れるはずのものなのに、恋が終わっても、思いの丈が込められた手紙だけが生き残ることがある。どんな巨匠の手紙であれ、そこには生々しい心の叫びがさらけ出され、技法や構成とは無縁のものになっているところが、いかにも興味深い
▼仏文学の巨匠たちのラブレターを集めた『恋する手紙』(扶桑社)の帯文には、「狂おしき恋…才人たちが凡人になる瞬間」とのキャッチコピーが付されているが、読めばさもありなんと思わされる。電話もメールも存在しなかった時代に、手紙がどれほど重要な意味を持っていたか。多くの手紙には異口同音に、手紙がほしい、手紙を書きたい、との切実な思いがつづられている
▼同書は、恋というドラマを8つの側面に沿って並べる形で構成。「恋のはじまり」では「あなたの表情、それを思い出すと、いとおしさで胸が張り裂けそうだ」(サルトル)、「哀願」では「帰ってきてくれ、やさしくすると誓うから」(ランボー)、「せつなさ」では「今夜、私の心は支離滅裂です。あなたに対する情熱でどうしようもなくなっているのです」(ボーヴォワール)、「別れ」では「今日はとてもいい天気です。素敵な恋をして、幸せになってください」(アポリネール)といった具合だ。読んでいるこちらが面映ゆくなるほどだが、遠い存在だった文豪が、急に身近で人間臭く感じられる
▼日本を代表する作家、谷崎潤一郎と、長編『細雪』のモデルとなった妻・松子やその妹・重子との間で交わされた未公開書簡288通が現存するとのニュースが先月報じられた。松子への書簡では自らを「家来」と呼び、「忠僕」として仕える決意まで語られている。その激しい恋愛模様を忍ばせる表現たるや、文豪といえども、やはりこんなときにはただの人になるらしい
▼それにしても、想像を超えた恋愛の真剣さを示す手紙たち。その真剣さが実作にも少なからず影響していることは想像に難くない。